頭上に広がるダイナミックな丸太梁の木組み。囲炉裏の煙にじっくりと燻され、深みのある良い色合いに育っています。
こんにちは!いもと建築です。
この度、新たな古民家移築のご依頼をいただき、さっそく現地確認に伺ってまいりました。
足を踏み入れると、思わず息をのむような圧倒的な大空間と、重厚な部材の数々。大工としてこれほどまでに素晴らしい古民家の移築に携わらせていただけることに、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
この記事のハイライト
- 歴史を刻む大建築:明治29年(1896年)建築、築130年を誇る歴史ある古民家。
- 飛騨の養蚕文化:かつて2階で養蚕が行われていた広大な空間と女中部屋の跡。
- 圧巻のスケール:最長8間半(約15m)の梁、ヒノキ・ケヤキ・クリの柱やマツの桁材。
明治29年建築。先人の技術と歴史が息づく圧巻の造り
今回拝見した古民家は、明治29年(1896年)に建てられたもので、築130年という長い年月を重ねてきた建物です。
長年大切に使い込まれてきた美しい広間。柱にはヒノキやケヤキ、クリなどの上質な素材が使われています。
柱にはヒノキ、ケヤキ、クリといった質の高い木材が惜しみなく使われており、梁や桁にはマツが多く使われています。驚くべきは梁のサイズで、最も長いものでなんと8間半(約15メートル)にも及びます。「牛」とよばれる丸太梁の太さは一尺五寸(45センチ)はありました。
長年の生活の中で囲炉裏の煙に燻された木材は、新材では再現することができない、こげ茶色や黒褐色といった非常に味わい深い表情を見せてくれていました。
2階に広がる「養蚕」の歴史と大空間
2階の広大なスペース。かつて唐箕(とうみ)などの農作業道具が使われていた当時の面影が残ります。
飛騨地方の古民家では、2階部分を広々と確保して「養蚕(ようさん)」を行っていたお宅が多く見られます。今回の建物ももともとは養蚕が行われていた構造で、当時の賑わいを感じさせる女中部屋の跡なども残されていました。
障子から柔らかい光が差し込む大空間。吹抜け状のダイナミックな意匠が見事です。
天井を見上げると、緻密に組まれた小屋組みと規則的に組み込まれた貫が綺麗です。
どこを見渡しても太く逞しい構造材ばかり。これから手を加えるのが本当に楽しみです。
もちろん長い歴史の中で、何回も改築や改修が行われてきたと思います。その名残だと見られるホゾ穴や仕口の跡も見られました。その度に当時の職人が精一杯の丁寧な仕事をしてきたことを感じました。今回は自分たちの番だと考え、私たちも精一杯の仕事をしたいと思います。
これほどの規模と品質を誇る古民家を移築し、次の時代へと受け継ぐ仕事は、かなりの期間と労力がかかる大プロジェクトとなります。
しかし、先人たちの素晴らしい手仕事に敬意を払い、誠心誠意取り組んでまいります!
【ミニQ&A】築100年以上の古民家移築について
- Q. 築130年前の木材をそのまま使っても強度に問題はありませんか?
- A. 問題ありません。ヒノキやケヤキ、マツなどの無垢材は、伐採されてから長い年月をかけて強度が増すと言われています。しっかり乾燥し燻された古材は、現代の新材同様に強固で耐久性に優れています。また構造計算をする場合、一本ずつヤング係数を測定し、数値的に強度を証明することもあります。
- Q. 移築する際に、間取りやデザインを現代風に変えることはできますか?
- A. はい、可能です。立派な柱や梁などの構造躯体(骨組み)を活かしつつ、断熱性能を高めたり、現代の生活動線に合わせた間取りや設備を取り入れることが移築再生の醍醐味です。
まとめ:受け継いだ歴史を、次の世代へ
今回の現地見学を通して、改めて日本の伝統建築の凄さと古材の持つ力強さを肌で感じることができました。
解体→刻み直し→移築再生と長い道のりになりますが、進捗状況はこれからも現場ブログでご紹介していきますので、ぜひご期待ください!
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